武道・拳法会のおしえ!Let's learn philosophy of kenpo kai
武道は、古来から継承された日本の哲学です。「武士道」を「武道」とし拳法会の歴史や訓え各武道界の先生の教えを学びましょう。It is Japanese culture, and Budo is philosophy. Kenpo Kai regards Bushido as Budo. Let's learn the history and a heart(Kokoro).
2026年1月11日日曜日
2026稽古始 浜松市武道館 令和八年の言華(ことば)は、「絆」
令和八年新年明けましておめでとうございます。
2026年の拳法会の文字は「絆・きずな」
断ち切ることの出来ない心と心の結び突きを「絆」と言います。今年の大河ドラマは「豊臣兄弟」です。豊臣秀長が描かれています。兄弟の絆、家族の絆、仲間たちの絆で日本を統一しました。
実は、私は、名古屋の中村に住んでいて豊国神社がある中村公園で遊び豊臣小学校、豊正中学を卒業しました。従って、豊臣兄弟、家族、仲間の「絆」に興味津々です。
昨年、2025年末に長坂先生が「絆」についてお話をしてくれました。学校や会社に行っていますが死ぬまで一緒に笑いあえる仲間、友は、いますか?いませんね!どうしてでしょう!それは、「寄せ集まり」だからです。ほとんどの人は、その事に気が付いていません。
というお話でした。
みなさんは、拳法会という「寄せ集めでない宝」を持っています。ブベンドラ先生のネパールは、ヒンズー教の人が多くいます。西村先生が指導員で行っていたチュニジアやアラブは、イスラム教の人が多くいます。しかし、「寄せ集めでない拳法会」にいる限りお互いに尊びあい死ぬまで一緒に稽古できるでしょう。80歳近くなり顔にしわやシミが沢山出来ると良くわかります。拳法会の仕合(試合)で「〇〇の勝ち」とか「1本」とか言わず「勝負あり」というのは、仕合の「区切り」を宣告しているのです。表彰台もありません。「敵意や優劣心が生まれない」ようにする配慮です。敵意がなければ、平和の道につながります。
我が国日本は、剣の雫から誕生しました。武道は、鹿島の神(武甕槌大神・タケミカヅチノオオカミ)、香取の神(経津主神・フツヌシノカミ)に守られています。
今日、ここ浜松武道館の稽古初めに来て長坂先生のいう「寄せ集めでない」心を一つにした皆さんが「おめでとう!今年もよろしく!よい年になりますように!」と多くの皆さんと「言霊を」交わすことで運気が向上し家内安全・身体健康・大願成就することは、間違いありません。
今年の受験生は、合格間違いなし!!!です。
世界拳法会連盟名誉会長 大橋千秋
2026年1月1日木曜日
令和八年 2026年人が死ぬとき後悔するのは「やって失敗する事でなく!やらなかった事!やめてしまったことだ!」 榊原清司
令和八年 2026年人が死ぬとき後悔するのは「やって失敗する事でなく!やらなかった事!やめてしまったことだ!」 榊原清司
2025年12月22日月曜日
拳法会は、「人々の平和と幸福、繁栄の道」 WKKF 世界拳法会連盟 名誉会長 大橋千秋
【拳法会は、人々の平和と幸福、繁栄の道】
Kenpo Kai is the path to peace, happiness
and prosperity for people.
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真の繁栄とは、人々の平和と幸福があってこそ真の繁栄。True prosperity can only be achieved when people have peace and happiness. |
2025年10月21日火曜日
「運は、縁にあり」 人間の一生は、出会いによる運ですね。 中島たけし先生からTV電話があったときの話! 2024.3.13
中島たけし元国士舘大学教授からの電話。2024年3月27日からオーストラリアへ森脇保彦先生(国士舘大学名誉教授)と杖をついて行く!」そこで始まったのが波乱万丈の年寄り話!
中島たけし先生も元オーストラリアのTas Police Academyの教官だった。大橋千秋、榊原清司師範もTas Police Academyでインストラクターとしてお世話になっていた。
〇お酒を飲んでホバートのカジノに行くときお巡りさんが職務質問!顔をみて「失礼しました!」とカジノまででエスコート!あの時は、肝を冷やしやなぁ!
〇警察士官学校の体育館で異種格闘技クレメンス・ジーグラーと死闘!学生たちがバスタオルでマットの血を拭いたら刑務所の囚人たちが洗うのを拒否!警察の教官もクビになりそう!
〇ブリスベンでプロレスラーウェイン・テ-ラーと真剣勝負し重傷を負わせたら病院から警察に通報があり逮捕された。人間にたたかれてこんな重傷を負うわけがない!そこで観光ビザ(そもそもビザ・査証がわからない!ビザって食べるピザか??)期限切れが発覚し大騒ぎ!就労ビザでないぞ!何で観光ビザでそれも半年前に切れていてオーストラリアに滞在している!!!あわててTas Police Academyの中島先生とフォアゲティー警察学のちの校長に電話して外務大臣から特別ビザを出してもらいシドニーで受け取った。
そんなことで長電話してしまいました。
中島先生曰く!本にして残しておけよ!おれも書いている。
何事も縁だよね!!
2025年10月14日火曜日
唯一、日本語でない祭日・祝日「スポーツの日」 国旗掲揚に躊躇!
唯一、日本語でない祭日・祝日「スポーツの日」 国旗掲揚に躊躇!
世界拳法会連盟名誉会長 大橋千秋
「体育の日」から「スポーツの日」になぜ変えたのだろう「体育とスポーツは、異質」
近田孝夫先生は、
「スポーツと体育は、思想から実体まで根本的に合致しません。スポーツには勝ち負けを競う事が根本にあり、勝つ事に主眼が置かれています。
体育は身体の健全育成に資する思想から発した理論実践で、勝ち負けを競う競技性を念頭に置いた活動ではありません。
体育は日本精神の根幹に沿った身体強化の術だと認識すれば、そこに金銭的な欲求が発生する事はありません。スポーツにプロが誕生し、競技に賞金が絡むのは、特定の競技者を育成する手段としての行為と認識されているからでしょう。万民参加を標榜しても究極に勝ち負けが存在する限り、健全な体育とはなり得ないと喝破出来ます。」
批評している。
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体育関係者、有識者、政治家の歴史認識などの再考を望む。
体育と言う言葉は、Physical
Education として、1876 年(明治 9 年)に近藤鎮三(1849 年~1894. 年)によって文部省の教育雑誌の中に使用されたのが最初で明治以前の日本には、現在の「体育」のような、学校で制度化された教科としての概念はありませんでしたが武士や庶民はそれぞれの目的や生活様式に応じて、心身を鍛える身体活動を行っていた。 また、各藩が設立した藩校では、武芸稽古に儒学四書の「教育内容」が含まれていた。
あえて日本の体育教育とスポーツ教育と比べると
・スポーツ教育は、スポーツの技術・戦術を教え勝利を競う中に勝つ喜びを与え心身を育成し、生涯スポーツ、社会性の育成目的とした教育。
・日本体育教育は、日本独自の歴史性からなる教育性を備え生涯にわたる運動習慣の基礎を育成する事を目標とし、心技体(体→技→心)人間形成・生涯形成に重点をおいている。
大日本体育協会創設者である柔道の祖、嘉納治五郎が柔道をオリンピックスポーツとして参加することを望まなかったのは、日本体育教育の歴史性を深く認識していたことと思う。(第58回日本武道学会発表から)
2025年10月6日月曜日
2025年9月28日日曜日
「移民・外国人労働者について」 「日本の完全失業率2.4%」 ニュージーランドのブレント・ウィリアムさん
ハムストリングス肉離れ 大橋忠幸 2012年1月19日
ハムストリングス肉離れ 大橋忠幸 2012年1月19日
病態
ハムストリングスは内側の半膜様筋・半腱様筋、外側の大腿二頭筋からなる。
肉離れは『急に筋肉が切れたように感じるとともに、脱力や痛みを伴う状態』をいう。
ハムストリングスの肉離れは遠心性収縮によって筋腱移行部で損傷する。疾走中に下腿が接地に至る過程や接地から蹴りだす過程で起きやすく、大腿二頭筋(長頭)が最も受傷しやすい。
肉離れの要因としては柔軟性の低下、ハムストリングス筋力のアンバランス、ウォーミングアップの欠如などがある。
診断
鋭い、力の抜けるような大腿後方の痛みなどを本人が感じることが多いため、問診でも容易に推測できる。
ハムストリングスの肉離れではⅠ・Ⅱ・Ⅲ度に分類する。Ⅲ度が最も重症でハムストリングスの完全断裂である。
損傷部に圧痛点があり筋の硬結や陥凹などが重症度に応じてみられる。Ⅲ度に近いほど欠損部を触れるようになるが、数時間経過すると血腫により触れにくくなるので早期に損傷部の診察を行なう必要がある。
徒手検査では、まず腹臥位で膝関節の伸展を行う。Ⅲ度では完全に伸ばすことができない。次に背臥位にしてSLRテストを行い下肢の挙上角度を調べ健側と比較する。軽症ほど健側との差は少ない。
肉離れがⅡ度かⅢ度で迷う場合はMRIによる画像診断が有用である。
治療
筋内の出血や腫脹を軽減させるために重症度に関係なく初期治療はRICEである。
保存療法が主で、Ⅲ度の場合には急性期の外科的修復術(縫合術)を勧める。
トレーナーとしての競技復帰プログラム
「スポーツ社会学」2011年6月13日
「スポーツ社会学」2011年6月13日
学籍番号 311303 大橋 忠幸
・ Sportの語源
ラテン語のportare(ものを運ぶ)に由来したもので、deportare(悲しい精神状態を捨てる)がフランスに渡り、仕事・生活から離れる、楽しい感情を発散させるものであれば何でもDesporter(ものを運ぶことをやめる)とされ、16世紀イギリスでsporteと表記になり、戸外で楽しまれるゲームや気晴など幅広くスポーツとされていた。その後17~18世紀にsport表記せれるようになった。
・ ホイジンガとカイヨワ
遊戯性をホインジガは一つの自由な行動、非日常、完結性と限定性と考え、カイヨワは自由な行動、分離した活動、絶対負けるなどの絶対がない=不確定な活動、遊びは消費のみであるといった非生産的な活動、ママごとなどのルールのある活動、ビンをロケットとして遊ぶ漫画のような虚構的活動として考えた。遊びの配分をアゴーン(競争)アレア(機会)ミミクリー(模擬)インリクス(眩暈)を単純か複雑かの度合いで表にした。
・ 俗としてのスポーツと聖としてのスポーツ
俗としてのスポーツは自然発生的な営みとされ、娯楽といった生活との関係性がありながらも競争的・競技的な要素も含む。聖としてのスポーツは王位継承等に関わって、競技結果により神々の意思を占うなど祭競技大会から、次第に豊穣と平和を祈る祭典競技会となり神への奉納としての要素をもつ。古代ローマでは市民の不満をそらす為に俗としてのスポーツが行われ、古代ギリシャの古代オリンピックは聖としてのスポーツと言える。
・ 現代スポーツ特有の最大の性質
現代スポーツ特有の最大の性質と言えるのが数値化による記録万能主義である。勝利至上主義の社会であるいま、人を最も納得させることが出来るのが驚異的な象徴概念と言える記録であり、すべての特質を支えるものこそ記録化なのである。この記録万能主義により、記録を管理するために官僚組織化やすべてを計測し数値化する数量化が進んでいる。
・ 国際競技力向上の推進の主旨
国際競技力向上の推進の主旨としては、世界で活躍するトップレベルの競技者の育成強化であり、そのために運動能力の高い競技者を低年齢時代から発掘・育成し(ジュニアエリートプラン)、更にその中から編成していく競技者育成システムを持つ。競技団体だけでなく、地域スポーツ施設の整備など行政や地域等と協力し、常に世界を意識した若年層からトップまでの強化・育成について一貫性のあるシステムが重要である。
・ テレビスポーツ番組の製作者側の選択基準
製作側としてはイベントの大きさや認知度など見世物としての価値をもつスペクタル性、最後まで結果を予測できないようなドラマ性、シナリオとしてのプライバシー情報などマスコミ関係者の特権といえるプライバシー性、生である事の価値や同時的体験の欲求など即時性を持ったライブ性の4つが選択基準となる。初・史上など記録万能主義に乗る。メディアとは現代社会の中心的価値を認め合う場でもあるが洗脳的要素もあると言える。
・ スポーツジャンルの経済性
スポーツの発展には豊かな経済的基盤と社会知識の成熟が必要とされ、そのような社会は体力の生産と楽しみの為に消費を行う高度大衆消費社会であり、宣伝・広告が重要なマーケティング戦略となり、メディアが拠点となる。このことから、現代スポーツは政治的パワーと経済的エネルギーを受容とすることによって高度化と大衆化に分化しながら膨張した巨大メディアモンスターといえる。
・ スポーツ行動様式
行動様式の基準を示すものがスポーツ規範である。参加資格規定やスポーツ場面で守られるべき競技規則などの法的規則とフェアプレー精神やスポーツマンシップと言ったスポーツ状況において望ましいとする行動基準である道徳的規範の2つにスポーツ規範は分けられる。目標達成の為にスポーツ規範の中で合理的な行動を行う技術や合理性をもつ技術を選択的に構成し目的にあった状況を生み出そうとする戦術や戦略も行動様式といえる。

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