武道は、古来から継承された日本の哲学です。「武士道」を「武道」とし拳法会の歴史や訓え各武道界の先生の教えを学びましょう。It is Japanese culture, and Budo is philosophy. Kenpo Kai regards Bushido as Budo. Let's learn the history and a heart(Kokoro).
2011年7月25日月曜日
Junior教育・幼児教育のエキスパート 村上さつき先生「日本の教育は、どこにあるのか!」
これから真剣に考えよう!
1. 愛のムチは、あるか!
2.「幼児期のいじめは、必要?」
3.「兄弟喧嘩は、大切!」
などなど、これからも共に授業、講演活動を長野県の徳嵩よし江先生、東京の中島豸木教授などとすることになりました。
村上さつき先生プロフィール 同志社大学法学部法律学科卒業
マッコーリー大学大学院インターナショナル・コミュニケーション学修士課程修了、文学修士(MA)
· 現在マッコーリー大学大学院日本研究科博士課程前期に在籍中で、「初心者教育」と「漫画の教育媒体効果」について研究。
· ライフワークとして、初心者教育について研究。
· 幼児教育、鍵盤楽器、茶道指導歴28年。
· 幼児教育・・・
² レディネスから、小学校受験クラスまで指導。
² 志望校に全員合格
· 平安女学院大学短期大学部保育科にて、幼児の音楽を指導
· マッコーリー大学日本語科にて、日本語、日本文化(茶道・華道)を指導
初心者・入門者の指導において、解り易く、学習意欲がわくと、定評がある
2011年7月19日火曜日
「差別について」 師範 近田孝夫
私も、少年時代には「差別」につながるような発言をしました。考えも多分に差別的だったように思います。しかし、それを無知のなせることだったとは言いません。周囲の雰囲気がそうだったから自然に染まったとも言いません。結局のところは弱小な自分が逃げ込める場所として、「差別」を残して置いたに過ぎないからです。
差別ということが声高に叫ばれ始めたのは十年くらい前だっでしょうか。それまで普通に使っていた言葉が、「差別語」ということで急に使えなくなったりしました。確かに言葉そのものが差別を意識して使われたものもあります。それが淘汰されるのは当然でしょう。しかし、普通に使われていた言葉を、広く解釈すれば差別を想起させると判定して使用を禁止した例もありました。作家でも筒井康隆さんだけがこれに抗議したという記憶があります。明らかに差別したのならともかく、客観的に使用する特殊な言葉までひっくるめて消去したのは如何なものでしょう。私は本来左利きだった。したがって「ぎっちょ」という言葉は自分を表現するのにも使ってきたから、「その言葉は差別語だよ」と言われて不思議に思いました。第一「左利き」なんて舌を噛みそうで言いにくい。差別語という判定が言葉の文化の膨らみまで削ぎ落としてしまった気がします。直接的な表現を極力避けてきた日本語は回りくどい反面、とても奥深い表現ができます。直接的な物言いで幅のない表現に変えられて、かえって差別感を際立たせるようになった気がしてなりません。とはいっても、差別はされる側に判断が委ねられています。従って腹蔵なく話し合える間柄なら問題とならない言葉でも、そうでない場合は誤解が生じ易く難しいと思います。
差別感は貧富の差が出たことによって増幅して行きました。かつては落魄しても心に余裕を持って生きる姿を『腐っても鯛』と讃えましたが、今では「腐ったらダイナシ」として否定されます。つましく生きる人を見下げるようになったのも劣等感の裏返しで、心に余裕のないことの現れでしょう。
エゴとエゴが衝突する時には正義もへったくれもありません。力の強い者が勝つし、勝てば負けた者を徹底的に叩きます。二度と敵対することのないように、完膚なきまでにしておかなければ、またぞろ反攻の時を迎える可能性が出てくるからです。人々は自分のためだけに何かをしようとしています。大人がそういう姿勢を見せているのに、子どもにだけ公平さを説いたところで通用するはずはありません。子ども社会は大人社会の縮図です。『衣食足りて礼節を知る』は消えました。
「隣より文化的な生活がしたい」
「隣の子より、いい学校へ行かせたい」
親は窮乏生活に苦しんだ過去があるからこそ、自分の子どもには良い暮らしをさせてやりたいと考えました。そのためにはどうすれば良いのかということについて、本質的な解答とは言い難いのですが、
「よい学校を出て、よい会社(この場合に「よい」というのは、大企業を漠然と指しているだけ;筆者)に就職させる」という結論を導き出しました。
「とにかく大学を出したい」
という言葉が感覚的に使われだしたのも時を同じくします。学歴差別を体験した親たちが学歴をつけることが幸せになる道であると思い込んだからです。そのために我が子の適性も能力も無視した、親(この場合、多くは母親の思惑が先行する;筆者)の見栄のためではないかと思われる過酷なノルマを子どもに与えて叱咤激励するという状況が見られるようになりました。子どもにとってはたまらない現実で、当然それに耐えられない子もいたし、耐えたとしても何ら発展性のない成長しか遂げられない子もいました。救いのない現実から逃避しようとした子もいました。辛うじて自分を納得させるのに残されているのが「差別感情」です。順番を付けて、自分より下の存在を作ることでした。
「それでも俺の方が優れている。上手くいかないのは、俺より低レベルなやつらが邪魔をするからだ」(責任転嫁の妄想)
と思い込むことでした。
『健全な肉体に、健全な精神が宿る』という格言が至言であるという事実は、今日に至って続発する高学歴者の、どう考えても異常な発想に基づく数々の事件を見れば明白です。幼少児期に豊かな心を育てる一番大事な「外遊び」を奪ってしまったことで、健全な発育(精神的にも肉体的にも)が遂げられていない子どもに、親が無味乾燥な知識だけを詰め込むことに奔走した結果、知識と実際が無縁になってしまったのです。本来遊びを通じて当然知っていなくてはならない「常識」を知らない子どもが今も増え続けています。
例えば、子どもが刃物を用いて工作をしている時、一瞬のミスから指を切ったとしましょう。
①ケガをした。刃物を持たせるのは危ない。(現状認識)
②使用させるのは危険だ。ナイフを取り上げよう。(次期対策)
③キュウリすら切れない大人になって行く。(結果)
というように子どもを見守るべき大人の行動が展開していく。一事が万事です。親は子に対して良かれと思ってするのでしょうが、単に逆効果を産むというだけではない。もっと本質的な問題の胚胎を示唆しています。それが差別の意識にも連続していくのだと考えます。
「あそこの子と遊んではいけない」
「あんな子みたいになってはいけない」
案外多い発言です。これも親は子を思って言っているつもりなのですが、最低の子ども教育になって行く本質には気付いていません。この言葉を聞いた子どもが何をどう思うか、考えてもらいたい。
「俺はあいつよりましだ」
「あいつはあんなことをしているから、俺より劣っている」
優劣は競った結果として現れるもので、生まれや育ちの異なることは本来優劣の対象とはなりえないはずです。真に優劣を示す言葉ではないことを承知しておれば、先に述べたような言葉を決して言ってはならないことも当然理解できるでしょう。
指を切った痛みを体感していない子どもには、腕をもがれた痛みを理解することができません。同様に、遊びを知らない子どもにはあらゆる「アソビ」が理解できないと思います。「アソビ」があるからこそ調和もとれるのだし、円滑な動きを維持できます。アソビのない世界では力と力のぶつかり合いでは弱い方が砕けてしまいます。
最近は家庭をも顧みずに働くことが否定されるようになりました。一面では「ゆとり」のある生活を追及するようになったと見えますが、実はもっと複雑な問題が内在しています。猛烈に働くことに耐えられるだけの体力も気力もない人間がそれだけ増えてきたということです。経済の高度成長に伴って生活の安定が得られた日本では、偽りの平和の中に頽廃の悦楽を貪ってきました。中身のない「中流意識」を謳歌してきました。安楽な生活に慣れた者は苦労することを嫌います。大多数が汗水垂らして働くことを厭うようになったのです。
一つの会社で辛さに耐えるなんて真っ平御免だ。それより好きな時だけ働き、余暇を楽しむ方がいい。そんな安直な考えで企業への就職を考えない若者、また、人に使われるなんて真っ平だと、実力も何もないのにとにかく会社を立ち上げようとする若者が増えました。ところが、大不況が襲来し、派遣従業員の多くが職場を失いましたし、ベンチャー企業の多くが倒産しました。全ての派遣従業員が自己都合で正規従業員を目指さなかったのではありません。結果としてやむなく、という人もいました。しかし、人手不足の中小企業がある中で、「寄らば大樹の陰」を決め込んでいた数も半端ではありません。この期に及んでも楽して儲ける道をのみ模索している数は少なくないという現実を直視すれば理解できるでしょう。繰り返します、見せ掛けの中流家庭でぬるま湯に浸かって育ったために、どんな環境でも働けるだけの体力も気力もない人間が増えたのは事実です。そんな人間に限って、差別的な意識から抜け出せません。「あれは嫌、これも嫌」と言う言葉の根本に、「俺のプライド・・・」が付きます。本人が意識するほど他人はそのプライドを評価していないのに、口にすることで得られるささやかな優越感に浸っているのです。
日本人の差別感、その発生はともかく、政治的に利用されたのは江戸時代からでしょう。その伝統が、明治・大正・昭和と、時代を経てくるうちに、国内における差別から外国人(特にアジアの人々)に対するものへと発展してきた事は否定できません。江戸時代の賎民思想と同様、全く謂れのない差別です。これもまた先述したように劣等感の裏返しとして存在することは論を待ちません。「差別」を認めた時、それが何を根拠としているかを考えていただきたい。きっと差別する側の劣等感が感じられるはずだからです。差別を区別と言いくるめるのも同様の意識です。
『上を向いて歩こう』という歌が流行った時代があります。庶民が中流生活を渇望していた時代でした。それ自体は悪くありません。ところで、『お芋がころり』という寓話を知っているでしょうか、見せ掛けの中流を揶揄するとも取れる話です。これに類する笑い話がいっぱい有ったのも同じ頃です。「上を向く」ことは大事です。しかし地に足が着いていないとひっくり返ります。残念ながら差別はなくなりません。姿を変え、対象を換えて存続するでしょう。「有ってはならない」とは万民が口にします。しかし、建前でしかありません。自分が優位だから発せられるのであって、される側にいたら口を噤(つぐ)むはずです。子どもの喧嘩で済んだ話が大人の社会で始まったから始末におえなくなっているとは言えないでしょうか。
なくならない差別をどう考えていくか、『先ず隗より始めよ』です。道場に入ったら親もなければ、子もない。一人一人が独立した存在であり、仲間です。道場という「場」では何の区別もありません。好き嫌いは有っても仲間であることを否定はしません。外国の仲間もできました。全てを承知しているわけではありませんが、何のわだかまりもなく付き合えます。仲間だと思うからではないでしょうか。
勝ち負けや順番を付けなければ納得しない意識は、一生懸命努力している仲間を否定する言動となって現れます。個人に差があるのは当たり前であるのに、自分の都合でその差を強調したりします。自分より優れた他人の存在を否定したいからです。これを劣等感と呼ばずに何と言いましょうか。差別の根源の一つです。
心の修行を強く言うのも、道場における人と人の交わりに優劣はないということを強調したいからです。
2011年7月18日月曜日
武道の世界には、一般的な善悪はない。武士(サムライ)として課せられた「道徳観」のみである。 中学の武道必修化
一般人の行動とは、宇宙観との基礎の上に自分の道徳観、処世観が再び明瞭に自覚された中でのものである。
これは、善悪は、臨機応変であるともいえる。戦場において武士(サムライ)は、想定にとらわれるな!独立した判断力を養えと言う事である。判断力により生か死が決まる。東日本大震災で指定された避難場所へ逃げるか!山の上に逃げるかを中学生が「山の上に逃げるようと判断して小学生の手を曳いて逃げた。この判断で多くの命が助かった」と聞いた。「臨機応変、独立した判断力教育」が大切である。
2011年6月25日土曜日
拳法会では、禁止のガッツポーズの研究!
2011年6月17日金曜日
体罰=愛のムチでは、なく!異質のものである。
指導をする上での「愛のムチ的な体罰」は、肯定できるのだろうか。
最近、私なりにその答えを見つけた。それは、「愛のムチ」「体罰」は、異質のもので"="(イコール、同じ)ではないと言うことに気がついた。また、また、体罰を"悪"とする風評も間違い であると考える。悪いことをした子どもに罰を与えるのは、当然ののことであり「罰」を与えなければ心底から気がつかない。言葉で分らないものは、げん骨でも分らないが「痛み」は、理解できる。「悪い」と言うことを体感する。そして、悪い好意をすることに注意を払う。
「体罰」は、良いことであって悪いことではない!
この行為は、愛のムチと称する行為とは、異とする行為であることに気がついた。美化したり間違えて置き換えてはいけない!
乗馬から「ムチ打つ」の由来が来ている。100mを6秒で走る馬に「ムチ打つ」ことで5.8秒で▲0.2秒縮める能力を引き出すために鞭打つのである。ここでもすりかえたり美化しない方が良いと考える。
※最後に、全て愛情を持って行なう行為であるが「慣れていない人と!感情による行為は!」資格のない人である。自身がシゴキで鍛えられ経験が十分でないと「怪我」の原因になる。最近、上手な指導員や先生をほとんど見ない。 社会の風潮で「体罰」を悪いことに成っているからである。もし、上手な経験がある先生がいたら率先して学ぶようにした方がよい。
2011年6月9日木曜日
拳法会南アジア武道研究会・パラオ、バングラディシュの国旗と日の丸


拳法会南アジア武道研究会がカトマンズで開催された。バングラディシュの国旗を見てパラオの国旗も思い出した。 わたしの記憶と更にHPで検索してあわせてみた。
バングラディシュが昭和46年に独立したとき「日本への憧れ」から国旗を決めたと言う話もある。インド独立に力を注いだチャンドラ・ボース(バングラディシュ)は、日本軍と共にインパール作戦に参加している。多くの日本人もインドやバングラディシュ独立のために死んでいった。
パラオは、日本が第一次世界大戦でドイツに勝ち、その後、統治していた国である学校を建て教育にも力を注いだ。しかし、第二次世界大戦で米軍の総攻撃で守備隊は、全滅した。このときも、パラオの人達をなるべく助けるべく紛争した。戦闘が終わり全滅し放置散乱した1万2千人の日本兵の遺体を見てパラオの人達は、号泣したという。そして、日本兵を埋葬した。
パラオは、バングラディシュから遅れること10年、昭和56年に独立した。そのとき、対米戦を一緒に戦いたいと申し出たパラオの人は、守備隊の日本兵や隊長が言った言葉を思い出したという。決戦のとき「我々、崇高なる日本帝国軍人である。お前たちのような野蛮無知なものと一緒に戦わない」と言い船に乗せた。 パラオの人達は、とても傷つき消沈していた。しかし、避難する船の中から海岸を見ると日本兵たちが「いつまでも元気で!」と手を振る姿にパラオの人達は、真意を汲み涙したと言う。こんなことも影響してパラオの国旗がきまったようだ。聞くと処によれば、日本に敬意を払い、●は、少しずらしていると聞いた。
旗の歴史を知りその友情に拳法会は、大いに応えねば、ならない。
2011年5月15日日曜日
中学の部活動・クラブ活動の問題点、昨日も父兄から相談!
(参 考:中学校では2002年、高等学校では2003年改訂の学習指導要領で必修のクラブ活動は廃止)
昨日の父兄からの相談は、「休祭日や夜遅くまで部活動が強要されていて拳法への稽古が参加できない」との苦情であった。「指導者もいない!目的する部活動がなくやむ負えず入った部活動に何故、今までのものを犠牲にしなくては、ならないのか!」と言う相談であった。今、考えれば、昭和20年代、30年代、中学での部活動は、盛んでは、なかったように思える。
しかし、何故、休祭日まで活動するようになったのだろうか?
教師に払われる手当ては、然程のものでは、なく、土日の休業日に3時間1分以上活動したら1200円、6時間以上活動したら1500円支給程度と思われる。文部科学省調査委員会「問われている部活動の在り方」参照
もうひとつ、中学の大会などの開催事業を行っている公益財団法人日本中学校体育連盟(中体連)の係わりもシステムを改善できない要因では、ないだろうか。しかし、父兄や本人たちの憂い答えるべく拳法会としての回答をしなくては、ならない。
追伸:各関係者に実態と資料を調査
浜松市中学校体育連盟申し合わせ事項(指導者)によれば、土日の活動は、「どちらか1日とする」とある。
中学での部活動時間:平成23年度部活動保護者会資料によれば
4月・・・・・・・・・・・18時終了
5月~7月・・・・・・18時30分終了
9月~10月・・・・・18時終了
11月~12月・・・・17時終了
1月~2月・・・・・・17時30分終了
3月・・・・・・・・・・・18時終了
朝の部活動 7時20分から7時45分、7時50分までに生徒昇降口を通過(原則として1年生は、1月期の朝部活を行なわない)
上記であれば、7時以前に帰宅でき、「家の手伝い」「勉強」や「習い事も継続できる」と判断します。各校長先生とPTA の自覚では、明瞭性にかけるため以前、記載の不祥事が起こるのでしょうね!
2011年5月5日木曜日
世界チャンピオンより上のオンリーワンになれ!

「ナンバーワン・チャンピオン」の上にある「オンリーワン・武士道」を目指せ。ナンバーワンの世界チャンピオンは、容易になれるものではないが更に難しいのは、天上天下唯一の「オンリーワン」になる事である。世界チャンピオンのナンバーワンは、次々と生まれてくる。10連覇しようが20連覇しようが次には、新たな世界チャンピオンが生まれる。ところがオンリーワンは、その人自身の培われた技・知識・心が仕事となり働く事により「傍を楽」にし幸せにすることができ人間を向上させる。そこにプライド、自信が生まれ「天上天下唯我独尊=全世界で私たち一人一人の人間が一番尊い」と言う姿勢が宿る、
天下唯我独尊の心をもつ侍(サムライ)になる事大切である。オンリーワンをめざせ!
校庭の二宮金次郎像(尊徳)の「勤倹譲」の精神
二宮金次郎(尊徳)
「勤倹譲」の精神
昭和20年第二次世界大戦に敗れた日本、占領軍GHQによって学校の庭に建てられていた二宮金次郎像の全て取り払われた。二宮金次郎は武士でも軍人でもなかったが、像は、取り払われ教科書からも消えた。彼は、「謹・倹・譲」という道徳的な生業のあり方を考えた: 〇「謹」は勤勉に働くこと。仕事は、人を向上させる。仕事がないことは、人間の向上を阻害する。
〇「倹」は倹約。天変地異・戦争など人々を襲う飢饉に備えるためにすることである。「ケチ」ではない。「蓄え」少なくとも生きるための「最低、1500kcal(キロカロリー)/日、摂取できなければ生命と維持出来ない。食料がなければ、最後まで立派な立ち居振る舞いができない。
〇「譲」は、共有の精神のもと足らざるところに移譲することである。国民は、税を納め国は、国民に幸せをあたて天変地異が起きた時には、危機にある国民へ移譲することである。
しかし、国家も国民もその法を越えては、いけない。特に「国家」や役人官僚は、国民の禄を育むものであるので「聖職」にあることを忘れず私欲に走っては、ならない。
アメリカの文学者ヘンリー・ディビット・ソローは、
「国家は、国民を幸せにする義務があり、国民の幸せと国家の利益が対立したときは、国民は、納税拒否と言う平和的抗議が出来る。」(コンコード在)と言っている。一揆のような事態を起こさないためにも国家の禄により生かされる者は、心しなくては、ならない。
2011年5月2日月曜日
現在のスポーツ教育文化のあり方!名城大学体育会OB連合会で感じたことを再度、国士舘大での執行役員会で問う!
さて、今回は、近畿大学の岡田龍司准教授も交え少子化により相撲部、レスリング部になった高校、大学の例を挙げ野球部、サッカー部も廃部の危機にあることを提示した。静岡県立湖東高校では、柔道部は、廃部、剣道部も部員2名という危機的状況にある。わたしが母校名城大学体育会OB連合会の会合に出た折も感じたことは、大学経営陣も「体育教育」の観点でとらえておらず「大会主義」である感が拭えなかった。「知育」「体育」は、教育の両輪であり、自分の荷物も持てない者が他人の荷物を持つことが出来ないのであり、両輪揃ってこそ「徳育」が生まれるのである。「知育」のみのアンバランスな人間を育てては、いけないし、まして、体育教育を学校のコマーシャルに使うことのみ考えるのも教育者とし如何かと考える。
また、ほとんどの大学など学校は、体育を教育として真剣に取り組んでいるが何故にこのような事態に陥るのかを提案した。特に学区が定められた義務教育の中学校に「1.求める部活動がない。2.良い指導者がいない。」の2点に尽きる。小学生のときスポーツ少年団やクラブで活躍してきた多くの人材が中学になるとやめるのが現状である。柔道部がないのだから他の部活動に入る。当然なことである。この、不条理は、世界で日本だけでは、ないかと思う。地域クラブに中学の部活動を委託すれば、部活動の数も増え小学生のチームが少なくても入ってくる。
体育教育に対する姿勢、義務教育の部活動の改善がない限り未来はないのでは、と思うほどである。
この件については、以前、塩谷立文部科学大臣に問題定義をしたことがある。 今一度、真剣に考えるべき事である。 写 真 動画
世界拳法会連盟 大橋千秋