2010年3月28日日曜日

親と大人の責任?出会いの運で一生が決まる。


入学の時期がきた。社会は、平等でないと、この時期がくると思うことがある。3月生まれと4月に生まれの子どもでは、入学の年も異なり人生が変わる。また、クラスに別れても異なった人生が始まります。
 そこで、その子の持つ才能を引き立てる担任の先生に出会えば、これまた、人生が変わる。スポーツや芸術だけでは、なく心や信念においても出会った先生によっても人生が左右される。しかし、それが、こどもに選択が出来るかというと言うと無理がある。やはり親と大人の責任が多い。孔子ですら子供のころ立派な子に育てるため母親は、良い環境を求め数度、引越しをしたと聞く。となると親、大人は、よくよく吟味して選択してやらねばならないし常に見ていてやらねばならない責任がある。
 外国人(ネパールの研修生)から見た拳法会は、ここ!  彼にも出会いと人生の変化がある。

2010年3月27日土曜日

拳法会は、稽古をやり続けることに意義がある。その時が来るまで、自分の居場所がわかるまで!

「稽古をやり続けることに意義がある。その時が来るまで、自分の居場所がわかるまで!」の訓えを今の時代では、忘れがちである。「楽しいこと」や「利がある事」になびき易い。また、すぐに、批判家や評論家になり自分を楽にしてします。拳法は、正直だ。心に陰りがあれば、美しき技が鈍る!「気勢永く大地に埋もれ大地の骨となる」を本懐とすべきである。

2010年3月25日木曜日

親子!俺は、こんな親子になりたい!それぞれの親子の理想!


親であれば、親子の理想が当然あるはずだ。父親、母親は、それぞれどんな親子関係でありたいと理想をもっている。野球漫画「巨人の星」では、巨人軍の幻の名三塁手といわれた父親、星一徹が太平洋戦勝で負傷し選手として挫折するが、息子の飛雄馬にその夢をたくし「大リーグボール」を生み出し「天井に輝く巨人の星となれ!」と目標に向かい邁進するドラマである。はじめは、「親子」であるが「師」にかわり最後は、敵となって息子「飛雄馬」の前に立ちふさがる。男親にとっては、理想の父親像として憧れる。 貧しい一徹は、日雇い労働者としてお金をため息子、飛雄馬を名門のお坊ちゃま学校の青雲高校に入れようとする。その面接でPTA会長は、つぎはぎだらけの学生服の飛雄馬に「君の父親の仕事は、なにか?」とたずねる。飛雄馬は、「日本一の日雇いです」と答える。日雇いで土方をしながら飛雄馬の為に!親子共に巨人の星を掴む為、青雲高校を選び、入学の為にお金をためている事を知っていたからである。ネクタイをした今の父親像とは、違い。昔は、ねじり鉢巻でツルハシをふるう、こんな親父像だった。今、父親、親子の絆をもう一度考えて見たい。
 余談だが、高校の無償化が決まったようだが、こんなドラマは、うまれないだろう。

2010年3月16日火曜日

2010朝倉邦夫杯少年拳法グランド(寝技)優勝大会 「ハンディーを克服!小よく大を制する武道の醍醐味」


小学生達がチームを混成でつくり高学年の対象がオーダー表(出場選手表)を決める「寝技」のこの大会でAチームが優勝した。このAチームは、決して最強のチームでなく、むしろハンディーを背負ったチームであった。先鋒には、幼年部が2名と大将は、山崎せいじと女子の稲富はるか2名で交互に出場しなくてはならない不利な、チームであった。第二位のチームも副将は、女子で今関はるか(中)、西村みゆう(中)で第三位のチームも大将は。田村崎ねねと他のチームに比べ選手の構成は、劣っていた。結果は、「小よく大を制する」スポーツには、見られない武道の特質が出た。決勝戦もポイントゲッターが順番で出場できなかった!実際には、出場は、OKだが選手に平等にチャンスを与える精神を遵守しオーダーを決めた。この、圧倒的に不利な状況をチームと周りや先生が理解をし引き分けに持ち込み稽古量ともに充実した山崎せいじに戦う場を与え代表者戦をたくし優勝した。また、準優勝のDチームも次鋒に小杉れみとと言うポイントゲッターを持っているが先鋒には、幼年部と不利なチームであったが大将の岡本しんのすけの堅実な勝つときは、勝ち!負けない戦いで小杉れみとにつなぎ決勝に出場した。三位のBチームも大将に田村崎ねね(女子)1名で圧倒的不利であるがこの女子大将が負けない!粘ること粘ること!延長になっても最低引き分けてくる。そこで、池ノ谷こうすけ(中)、大桑れお(中)と言った選手の活躍を引き出し準決勝の進出し三位となった。

  正に武道の面白さである「小よく大を制す」であった。そこで

1.中、高、一般の先輩、先生の応援指導アドバイスが適所に活きていた。

2.父兄のアドバイスが的確であった。さすが、常に稽古でVTRや審判、サンドバックなどの手助けをしてくれているだけあり眼力が凄いとしか言いようがない。実に拳法会は、親子のコラボです。

3.応援盛り上がりが凄かった。

4.盛り上がりが凄いだけに時計係などの指示が審判に聞こえない事があった。

5.混成チームで小学生自主主導なので礼儀などに乱れがあつた。

6.入り口の履物などの乱れが目立った。

7.時間的に三位決定戦、決勝に余裕がなかった。

  反省を大いにして他の武道の手本となるべく更に「武徳と技」に磨きをかけましょう。

   〇写真     〇動画


PS:全国高校柔道選手権が3月20日東京武道館で開催されます。細川敦大(個人戦90kg級 NO28、団体浜松商業 NO48 先鋒 )が出場します。みんなで応援しましょう。当日は、大橋千秋先生は、名古屋で会合があるため国士舘大学柔道の中島たけし教授にお願いしてあります。写真も撮ってくれるそうですのでお楽しみに!!
      会員募集!053-439-0909

2010年3月11日木曜日

昨日の稽古で「宿題をやっていない生徒が5~6人も」


昨日の稽古のおわりの教科の時間で、3月13日は、寝技の試合がある。大きな相手、帯の色が上のあいてを見ると「自分の心が勝手に幻を見て錯覚し十分に力が発揮できなくなる。」 おまえ達は、自分に起こる奇跡を信じ他人の為に闘え!「先ずは、先生が喜ぶような試合をしろ!」と話した。

 ところで「宿題は、毎日きちんとやっているか?」と聞いたら、隣で「やっていません!」と応えたので「バカヤロー!なんでやらない!」と蹴り飛ばしたら「俺だけじゃない!直登もやってない!」というので直登も蹴りを入れたら吹っ飛んだ!そしたら、恐れをなして5~6人が名乗り出た。白帯の子に「おまえもやってないのか!」と凄んだら、「俺は、幼稚園児です!宿題ありません!」と叫んだ。俺の自慢の子ども達が宿題も出来ない事が許せなかったが考えてみたら自分自身もやらずに遊んでいた。勉強に目覚めたのは、高校時代で何が何でも1番になりたかった。大学では、とにかく多くのことを学びたかった。今回、もっとも憤慨したのは、宿題をやらなかった事ではない。「先生のの期待するサムライの卵達が先生を喜ばすような事をしなかった事に自ら憤慨したのだ」 お父さんお母さんも共に反省しましょう! 

 PS:高見先生が「流石ですねぇ~!6人の子どもは、みんな蹴られて吹っ飛びましたが、あれが、安全な蹴り方ですね!勉強になりました」・・・・この先生、よく見ている!!
 見ているお母さんたち15名くらいの一人が「愛情がこもったゲンコツなので子ども達、蹴られて喜んでいる!」・・・・・少し、脅しと言う強制力が少ないことも実感した。
(注)一部不適切な言動ととられがちな表現がありますがあえて、教育者の姿勢を問うために記載しました。お父さんお母さん達も考えてください。

2010年3月8日月曜日

学習院でも・・・!こどもの責任でなく、大人の責任では!教育について考えよう!


皇太子殿下と雅子妃の長女啓宮愛子さまが、学習院初等科に登校できない状態と宮内庁が発表した。学習院といえども子どもたちの教育の場であることに変りは、ない。子どもは、みな平等で変わりがない。 訓練がゆきわたっている拳法会の子ども達に稽古のあと「早く帰って寝ろ!」と言ってもボール投げや取っ組み合いをして暴れまわっている。なかなか帰らない。ボールもお母さんや女の子にあたる!先生が「こら!こっちへ来い!」と言ってゲンコツをくれても、しばらくすると又、大騒ぎ・・・・!やもなく「電気を消して!出て行け!」「お金を渡して下でジュースを買え」と追い出す。徹底的に礼節を訓練しても子どもは、このようなものである。 子どもの世界を理解して大人が介入すべきでないエリアがあることを理解すべきである。

 今回の宮内庁の公表は、よほどの事があってのことでやもなく公表したのだろう。

しかし、庶民の大人として愛情をもって成す事は、全てしていないと思わざるおえない。もう一つは、可愛い同級生,又は、後輩の女の子を守ろうとする友達の男の子がいなかったのが残念である。拳法会の少なくとも特錬の子ども達であれば、こんな事は、ない。友達の女の子が叩かれもしたら稽古中であっても即座に飛び出し助けに行く!

 大人たちは、子供たちのためにもう一度、深く考えなくては、いけない。

余談であるが皇太子ご夫妻とは、愛子さんがお生まれになる前にお話をしたことがある。確か桂宮殿下とニュージーランドへ行った少し前であったと記憶する。ご夫妻は、「恕」の心をもたれた立派なお父さんとお母さんと拝察する。それ故に皇室という立場を鑑み、まわりの大人たちの責務も大きく己を磨き判断せねばならない。拳法会の指導者も己を未熟と常に思わなくては、ならない。「学びて思わざれば則ちくらし、思いて学ばざれば則ち危うし」

                世界拳法会連盟 会長 大橋千秋

2010年3月2日火曜日

今の幼稚園では、拳法会が考える幼児教育は、無理!4時間のカリキュラムで一杯!園長先生も考える!


多くの幼稚園園長、先生、関係書と幼児教育につき話し合う事が多い。公立の園長は、通園を歩くことに園児教育の大切さがあると言い。義務教育であるべきとも言う。私は、変化に合わせ考えれば、高校の義務教育よりも価値があるものと思っている。また、ある私立の園長は、4時間の現在のカリキュラムで精一杯でとてもこれ以上の体育教育は、無理であるので父兄は、拳法会のようなところに求めるべきであると述べた。また、昔の子ども達は、なぜ側転や地上回転ができたのか?とも質問され答えれなかった。今、その答えを見つけた。それは、「みんなが出来た(動画)」からである。動画を追加
 みんな誰もがやるから真似をして自然に出来たのである。(動画) 何時の日からか分からないが出来ないものが教師になり、出来ないものが周リに多くいたり、見せないので出来なくなったのである。昔は、みんな側転が出来たので出来たのである。 写真のように用事の時から一緒に転がっていれば、自然に出来るものである。教えるものでは、ない。奇跡の技を作り出すのがこどもである。(動画)
           世界拳法会盟会長 大橋千秋

2010年2月20日土曜日

2010新年寒中水泳! 障害者武道協会の中島 豸木教授より!

「肉体ボヨョ~ン!」国士舘大の中島たけし教授から!新年の寒中水泳の写真が送られてきた。国際武道大学の柏崎克彦教授の肉体ボヨョ~ンも見える。「寝技の神様と言われた柏崎克彦」「オーストラリア、ニュージーランドに日本の文化と柔道を紹介した中島 豸木」。確か中島教授も66歳??ぐらいかと思う。なんといっても健康が一番!頑張ってもらいたい。 「武道の極意は、健康でであることである。」The secret of Budo is healthy. I think from swimming in the middle of winter in the New Year in 2010.

子供たちの成長の過程での「兄弟げんか」は、良い体験。「いじめ」もまた、よい体験

昔は、子供たちは、兄弟げんかや仲間との喧嘩で多くのことを体験で学びました。しかし、少子化で兄弟も少なくなり体験の機会がへってきているのも事実です。兄弟喧嘩の中で「痛みや」「手加減」「仲直りのチャンス」「仲直りの手法」・・・・など多くのことを体験し習得します。したがって、「兄弟喧嘩を途中で止めたり」しないでください。お父さんやお母さんの役目は、兄弟喧嘩に拳法会のように「怪我をしないルール」を設けてやることです。最近の凶悪な事件の背景には、手加減のできない行動(言動)があります。昔は、モノをもって喧嘩をすることは、子供たちの間で「卑怯」であり「卑怯者」と罵られたものです。「卑怯者」の言葉もなくなりましたが「正義」の言葉もなくなったのが残念ですね。「いじめ」も大切な体験です。この体験が十分でないと妙に誤解と被害意識を心の中で作り出してしまいます。以前、拳法会の目標の「恕=おもいやり、愛」がありましたが恕のこころをもつ子どもに育てたいものです。

2010年2月9日火曜日

「人は、常に未熟である。」「その未熟な己を導くのは、師である」

「徳育なくして真の教育なく!武徳なくして真の武道なし」これは、私の格言です。また、「武道とは、体育、知育、徳育の基本要素から成立し、日本伝統文化と心を継承ともに武道道徳修得と健全なる知力、体力の育成を目的とする。」と位地づけます。なぜ、こんな事をまた、書くか?と言うと、わたしの大学時代の同輩の片岡直博(剣道教師七段・鳥羽市剣道連盟会長?・・・共に稽古した同輩なので敬称略)から「おまえが何時も言っている。あれ!なんだっけ?平成24年の武道必修化に必要・・・」と電話が入った。人の道を子供のころがら説こうというこのこころみが、大相撲にあれば、朝青龍も引退という事にもならなかったのでは?とまた、考えてしまった。まだ、29歳の有能な人材の道を変えさせた事態に心が痛む。総合格闘技の石井慧と朝青龍がハワイで一緒に飯を食った?とも報じられていた。共に柔道、相撲を去った形となった二人である。共に言動や優勝後の態度に問題があるとも言われた。しかし、朝青龍と引退前に飲んだ人物も「いい奴!」と誉めていた。となると、やはり自分の言動をコントロールする「徳育、教育」と言うことになる。貴乃花親方が理事になったと聞いた。また、「教育」の担当者とも聞いた。 貴乃花親方に期待するところ大である。Budoka is always unripe. A person teaching me who am unripe is a teacher. Message of Nahiro Kataoka (Kendo7Dan Kyoshi). It is Bushido philosophy to control one's heart and behavior. Samurai does not criticize another person. About Asasyoryu of Sumo, we should watch it. Association of Smou oneself is a problem to be settled.
                            世界拳法会連盟 大橋千秋
PS:「人は、常に未熟である。」「その未熟な己を導くのは、師である」