2009年3月27日金曜日

「米や野菜がダメ!特殊なもので儲けている百姓もいるぞ!」そう思ったらドラマ「イサン」を見るべし!


18世紀後半、朝鮮朝第22代王、正祖イサン! 500年の王朝史で一番開かれた考えを持ち一番民主的な方法で国民を慈しんだ賢君が部下と共に庶民の暮らしを見る為視察に出た。農村で煙が上がり何かを燃やしている光景を見て農民と村の役人に尋ねた。「何をもやしているのだ?」 

農民は、「清国から安く品質の良い綿が入り、朝鮮の綿が売れないので燃やしている!」 そして役人は、「綿をやめ違う仕事を進めている」  

これを聞いた王は、官僚と村の役人に指示する「直ちに国で綿お買い上げ!朝鮮の綿の技術と品質を高めよ!」この話を「繊維」の商いをしている人と「計測器を」売っている人、議員に食堂で話した。 みな感動した。  

「米や野菜がダメ!特殊なもので儲けている百姓もいるぞ!」「建設業がダメ!百姓や林業をやればよい!」「製造業の職場がないなら介護の仕事をやれ!」 少なくとも、武士道を極めようとするものが「損得小利」の走るようでは、いけない。 神から天職であり!周りに起こる事は、天命である!立ち向かうべし!立ち向かうように導くべし!

「女性と武道」北上市から岩手県の矢巾道場に稽古!


北上市から岩手県の矢巾拳法会へ通って稽古! まだ、岩手は、寒いと思う。日本文化、日本人の精神である武士道を学ぶことにより心を時代へ継承する事は、とても大切です。会津武士道を貫いた女性中野竹子は江戸詰め勘定役中野平内の娘である。資性鋭敏、容姿端麗、才智は衆にすぐれ「文武両道」に通じ、詩文和歌などの文才もあり、度々藩の賞美をうえ典型的な会津女子としての義に徹し、その反面、ものやわらかな豊麗があふれていたといわれる。  東北拳法会岩手矢巾支部のBlog   本部問合せ053-439-0909(NPO法人内)


2009年3月25日水曜日

成長期の筋力トレーニング

成長期における身長の伸びは、3つの要素により構成される。1.栄養 2.運動 3.睡眠 で成長期の成長ホルモンを潤滑に作用させます。さて、ここでは、成長ホルモンを促進する「運動」での筋力トレーニング法について取り上げます。成長期の子供の骨は、「軟骨を筋肉で補強」していると考えてください。筋肉が弱ければ、軟骨に与える影響は、大きくなるわけです。野球の選手やサッカー、ラグビーの選手などに肩や腰を痛める原因が多いのは、ボールを投げるときやジャンプ、着地のときに軟骨にダメージを与えてしまうからです。そこで筋力を強化するトレーニングが必要となるわけです。それは、自分の体重を目安にして行う筋力トレーニングのことですが、例えばスクワットもそうですし、懸垂や腕立て伏せも「自重トレーニング」です。自重トレーニングで筋肉を強化すると、「筋力発揮」という動きになり、身体の内分泌系が活性化されて成長ホルモンの分泌が促され、身長が伸びる刺激になると考えられています。腕力強化では、30kgの子供であれば、30kgを目安にして自分の体重が支えられるようにする事です。最近、子供がなわとびで骨折してしまうケースが起きていて、20年前と比べると、基礎的な身体づくりが疎かになっていることが、浮き彫りになっています。「自重トレーニング」では、小学生はマッチョになることはありません。思春期の人たちも10分前後の自重トレーニングでは、過酷な筋トレにはなりません。従って体を支える部分の筋力は、伸長に大きな影響を与える事になります。オランダなどの体格の大きな国と日本を比較すると、成長ホルモンを助ける食生活と筋力に差があることがわかります。

2009年3月20日金曜日

「武道の定義」新田一郎東京大学教授

私は、歴史学者ですので歴史学の見地から一言!「相撲=国技=武道とするのも間違い」では、ないかと考える。元々、相撲は、見世物で武士の営為には、なかった。そこで「相撲をとるものが武道をする者では、ない」考えられる。となると「過激な戦闘殺人集団の武士たちが自らを抑制するために産まれたのが武道(武士道)という武士の行動の基本(哲学)である。」と言えます。まして、にほん古来の武術が武道と称するならば、空手や少林寺拳法などは、その定義に当てはまらないのではないのでしょうか。したがって「空手をやっていることが武道をやっている事では、ない」といえます。「武道は、異質なもの」と言えます。(日本武道学会から)

「武道の定義」日本サイドで武道を語っている先生方が多すぎ!初代女子空手世界チャンピオン 浜崎鈴子先生からのメッセージから!

大橋会長、 こちらの方こそ、ご無沙汰し、申し訳ありませんでした。9月は行事やら何やらで大忙しでしたが、一段落したところです。 武道学会には会長も出られたのですね。この数年、武道の定義が課題になっているようですが、私が気になるのは、武道界には日本サイドで武道を語っている先生方が多すぎて、客観的視野に欠ける気がします。是非、社会学や哲学、そしてスポーツ教育界などの方達と連携して、今後の武道の方向を定めて頂きたいと思います。井の中の蛙から脱却して頂かないと、日本の武道は世界からだけではなく日本からも取り残されてしまうのではないかと、心配でなりません。 私の旧制は岡村です。私を知って頂いているのなら多分50歳代の方だと思いますが、有難い限りです。余り、言わないのですが、実は私はWorld Karate Federation (旧World Union of Karatedo Oraganization)の初代女子チャンピオンです。空手道競技が国体の正式種目になった昭和56年(1981年)の女子チャンピオンでもあります。色々事情があり、1983年には渡米しましたが、その辺りのことは自叙伝(日米両語)に書きました。自叙伝と言っても、誰も出版してくれないので、お蔵入りになっていますが。。。浜松の竹村篤氏にまた会われることがありましたが、宜しくお伝え下さい。アメリカで、それなりに元気で空手道普及をしていると。 日本は秋たけなわでしょうか。季節感のない南カリフォルニアでも、秋一杯の今日この頃です。では、また色々日本の事情をお教え下さい。有難うございました。   浜崎(岡村)鈴子

武道の段位は、道着や帯は、どのようにして生まれたか?

 先ず段位については、将棋の段位を柔道の開祖嘉納治五郎(Jigoro Kano)が努力の励みとして取り入れ普及しました。しかし、それ以前にも示現流などでは、段位をあたえていました。皆さん御存知のように将棋の開祖は、大橋宗桂(Ohashi Sokei)1555年(弘治元年) - 1634年4月6日(寛永11年3月9日)です。将棋の段位制度で努力を認めたわけです。
 次に、道着ですが柔道で初めは、襦袢を改良し白い帯を使用していましたが稽古を積むに従い汚れて茶色くなり黒くなる過程で黒帯が誕生しました。黄色やみどりの帯は、指導者のいない外国で使用されていたのが逆輸入だと思います。空手道は、船越義珍が嘉納治五郎と演武をおこなったときに柔道着を使用し行い改良されていきました。もともと、琉球や唐手には、決められた稽古着は、ありませんでした。このような歴史的な流れがあるので私たち日本人が、あまりカラフルな道着や帯に違和感を感じるのは、襦袢の改良であったり!努力による帯の汚れが黒帯の誕生につながった為では、ないかと思われます。

こども武道憲章(ぶどうけんしょう)

こども武道憲章(ぶどうけんしょう)武道(ぶどう)は、日本(にほん)古来(こらい)の武勇(ぶゆう)を尊(とうと)ぶという精神(せいしん) を受(う)けつぎ、長(なが)い歴史(れきし)の中(なか)でつちかわれ、発展(はってん)してきた伝統文化(でんとうぶんか)です。武道(ぶどう)は、礼儀正(れいぎただ)しさを身(み)につけ、技(わざ)をみがき、心身(しんしん)をきたえ、りっぱな人(ひと)になるための修行(しゅぎょう)の方法(ほうほう)です。 わたしたちは、技(わざ)の稽古(けいこ)や試合(しあい)の勝(か)ち負(ま)けだけを目的(もくてき)にするのではなく、武道(ぶどう)を正(ただ)しく理解(りかい)して、このすばらしい日本(にほん)の伝統(でんとう)文化(ぶんか)を大切(たいせつ)にしなくてはなりません。 これからも武道(ぶどう)を愛(あい)し、修行(しゅぎょう)を続(つづ)けていくために、わたしたちが心(こころ)がけなくてはならないことを「こども武道憲章(ぶどうけんしょう)」として掲(かか)げ、これを守(まも)ります。

  (目  的(もくてき))第(だい)1条(じょう)  武道(ぶどう)は、技(わざ)をみがくことによって心身(しんしん)をきたえ、強(つよ)くたくましく、勇気(ゆうき) と思(おも)いやりと正義感(せいぎかん)をもった、社会(しゃかい)に役立(やくだ)つ人(ひと)になることをめざします。
  (稽  古(けいこ))第(だい)2条(じょう)  稽古(けいこ)をするときは、先生(せんせい)の教(おし)えや礼儀(れいぎ)を守(まも)り、基本(きほん)を大切(たいせつ)にし、技(わざ)だけではなく、心(こころ)と体(からだ)も共(とも)にきたえるよう、一所懸命(いっしょけんめい)にはげみます。
  (試  合(しあい))第(だい)3条(じょう)  試合(しあい)や演武(えんぶ)では、ふだんの稽古(けいこ)の力(ちから)を出(だ)しきってがんばり、 勝(か)ち負(ま)けや結果(けっか)だけにこだわらず、 節度(せつど)ある真剣(しんけん)な態度(たいど)でのぞみます。
  (道  場(どうじょう))第(だい)4条(じょう)  道場(どうじょう)は、技(わざ)をみがき、心(こころ)と身体(からだ)をきたえる場所(ばしょ)として、規則(きそく)や礼儀(れいぎ)を守(まも)り、清潔(せいけつ)と安全(あんぜん)を心(こころ)がけます。
  (仲  間(なかま))第(だい)5条(じょう)  道場(どうじょう)の仲間(なかま)を大切(たいせつ)にして、お互(たが)いに協力(きょうりょく)し、はげましあいながら、楽(たの)しく稽古(けいこ)し、さらに多(おお)くの仲間(なかま)をつくります。
昭和62年4月23日制定 日本武道協議会

子育ては、「葉隠」では、母親以外(代替)で出来るほど甘いものではない!

「葉隠武士道」 子育ては、そんなに甘くない! 「葉隠」では、母親以外(代替)で出来るほど甘いものではないと言っている。 何でも男女同権をていする若い日本の女性には、耳の痛い話である。

 有馬温泉で隣にいたお医者さんから声をかけられ「男脈」「女脈」の区別があり最近、「男脈」がなくなってきた話をされた。昔は、男と女は、脈も分かれていたそうである。わたしの脈を見て久しぶりに「男脈」に出会ったといった。もっとも一緒に風呂に入っていた剣道部の後輩の芝田典明氏の体格と顔を見れば、脈をとる必要も無く「男」とわかる。 その翌日、朝食時に女将より声をかけられた。「失礼ですが少しお残り頂きお渡ししたいものがある」と二冊の書物をいただいた。ともに「葉隠武士道」につながるものであった!「秋葉原無差別事件」「偽装事件」など教育のあり方が問われるこの時に「子育て」「恋愛」・・・「酒の飲み方」までの訓えがある。今、このとき「葉隠武士道」に再開した不思議がここにある。 

WBCワールドベースボールから「打って反省!打たれて感謝」

東北拳法会のコメントから「サムライジャパンという以上は、ガムをかんだりグラウンドに唾をかくのは、!」
WBC世界野球選手権についての秘話を、テレビ番組スパー・サターデーで高代延博コーチーの話を聞きました。 韓国は、グランドに韓国の国旗を建てたことについて、思うところがそれぞれあったが「我々は、旗を立てずサラッとしよう」と述べました。これは、ソウルオリンピックで金メダルを獲得しガッツポーズをしなかったさ斉藤仁選手とその後、国士舘大学の監督となり中・高・大がトリプルで全日本を制覇したときの祝賀会の言葉「私たちは、礼を尊びガッツポーズをせずに黙々と稽古し!黙々と勝つ」と挨拶しました。2008アジア国際拳法選手権大会を終えカトマンズから帰国の機中の読売新聞の記事に中島 豸木(国士舘大教授)が書いたものが載っていた。これは、東京オリンピック柔道無差別級でアントン・ヘーシンク選手が神永選手を押さえ込み勝利目前のところへ感極まった外国応援団が会場に乱入しようとしたとき「待て」と言って止めている記事であった。ヘーシンクは、勝利した後、相手に礼を尽くし神聖な道場に礼をした。この光景を目にした中島 豸木は、日本人のあるべき行動・姿勢を考え直したと言っている。高代延博コーチーは、イチロー選手の優れている点は、「走塁」と言っていたが「早くグラウンドに行き稽古する姿勢、道具を大切にする姿勢」だと思う。サムライは、「刀を武士の魂」としたのと同じことである。勝利したときの態度にもサムライらしさが出ておりガムをかんでいた選手や唾を吐いた選手は、別としてサムライらしきところは、あったと信じるがやはりアメリカ流やウェスタン流が当たり前と思っているところがあるなら反省すべきである。 「打って反省!打たれて感謝」武道家としよく言われる言葉である。

2008年国際武道研究会 in Nepal Pokhara

2008年国際武道研究会 in Nepal Pokhara
    講師:世界拳法会連盟会長大橋千秋
日本武道の歴史についてみなさんと討論したいと思います。先ず、私が概略につきお話します。
埴輪などからお分かりになるように1500前に生まれた日本の武術は、生まれたと言う説が主流です。その一つの例をあげれば鹿島神宮神官の国摩(くになずの)真人(まさと)により産み出された技「神妙剣」などのように約1000年前に確立されはじめました。1600年のはじめ松本(まつもと)備前(びぜん)守(のかみ)紀(きの)政元(まさもと)は思うところがあって家老の座を退き、鹿島神宮祝部として神武の顕現(けんげん)に志しました。これを知って鹿島に赴いた國井景(くにいかげ)継(つぐ)もとに鹿島の神前に仕えて備前守は武道大系としての鹿島神流を完成させました。1600年代には、上泉伊勢守信綱により新陰流が生まれ門下である柳生石舟斎は、柳生新陰流を創設します。同じく上泉伊勢守信綱の弟子である小笠原源心斎は明にて「張良の末」より躰術を学び李小龍のような動きをしたと伝えられています。同じように各地で体系づけら武術は、成長していきます。例えば越後では、長尾流躰術などが生れたり柔術の源流と言われる竹之内流拳法躰術が育っています。明治の初頭(1882年)嘉納治五郎により柔道が創設され神道無念流や北辰一刀流などの各流派が剣道と呼ばれるようになっていきました。しかし、学校武道の歴史の中で「○○道」となったのは、大正15年のことでそれまでは、柔術、剣術、撃剣と記載されています。このような時代背景の中で唐手、琉球拳法と呼ばれていた沖縄の武術も船越義珍により本土に紹介されました。嘉納治五郎とともに演武会が行われこの時は、決まったユニフォームがないため柔道着で行われました。この後、柔道着が空手着に変化して行ったわけです。柔道、剣道、空手道は、「競技武道」と変遷しスポーツ性を加味し多くの人に愛される試合数も多い武道となって行きましたが。一方、技が公表される試合に重点を置かず「伝承形式」の「完全相伝」でなく「一子相伝」の形を進むものを「古武道」としました。このセミナーにご参加の各国の拳法会の皆さんは、「一子相伝」では、ありませんが「競技」を重要視ししないで「武士道­=武道」として学ぶ事を第一としていることから「古武道」に属するとご認識いただいたほうがよいと思います。
大橋師範:さてK空手の指導員の方にお訪ねします。「鹿島大明神」と祭壇があるのは、空手は、日本古来の武士の営為では、ないが武士道を尊ぶあらわれでは、ないでしょうか。
 K指導者:その様に習っています。
1.大橋師範:では、お釈迦様は、ネパールで誕生しましたが拳法の達人であったことは、ご存知でしょうか。・・・・知りませんでした!
釈迦族の王子であった仏陀は、武術、馬術などあらゆる面で優れた人物でした。私たち日本人も仏教哲学の影響を大きく受けています。「黙想」のときに手を組みますが私たちは、サムライですので抜刀しやすいように右手が上に重ねます。平和を愛する釈迦は、どちらでしょう?・・・会場:わかりません!勉強します!
2.ラマ大会会長:ネパールが世界に認められるには、何が必要と思いますか?・・・大橋師範:武士道の根源「義」「信」と確信します。正義(義)は、命をかけサムライは、護り信「信頼」を失くす行為は、切腹します。「義」「信」を貫けば、世界の人々は、信頼します。信頼が多くの人が共同活動をします。
3.ラマ大会会長:タイ、パキスタン、インドも路上に食べ残し、ゴミを平気で捨てています。このような事をどう思いますか?・・・大橋師範:食事のとき「いただきます!」と言う言葉は、ネパール語にありますか?意味は?・・・ラマ会長:ありますが意味が分かりません。
大橋師範:意味は、正しいか分かりませんが「いただきます。」とは、「魚の命、お肉の命、お米の命を頂き我が命を保つ」事と拳法会の合宿では、訓話があり「いただきます!」が食事のときにとなえられます。わたしは、ここにお見えになる先生たちが生徒と共に実践し伝承することで解決すると信じます。大切な命を路上に投げ捨てることは、ありません。サムライにとって「牛の命も鯨の命も魚の命でも平等です。」全て神です。
4.ラマ会長:少なくともサムライと自覚し路上に捨てることを止めましょうね!みなさん!
5.大橋師範:時間も参りましたので最後に「拳法を稽古しているから武道を学んでいるとは、言いません」武士道を学んでこそ武道を学んでいると言えます。東京オリンピックの時のヘーシンク選手は、(略別紙)・・・。礼節ある武士(サムライ)になってください。